

「ONE PIECE熊本復興プロジェクト」の一環として、2018年11月「ルフィ像」が熊本県庁プロムナードに設置されました。熊本市出身で、人気漫画『ONE PIECE』の作者・尾田栄一郎さんや集英社の協力の下、2016年4月に起きた熊本地震の被災地の復興を後押しするために実現したもので...

この建物は、熊本洋学校に外国人教師ジェーンズを迎えるため明治4年(1871)に建てられた、熊本県内に現存する最古の洋風建築で熊本県の重要文化財に指定されています。 ジェーンズは明治4年から明治9年(1876)までの5年間ここで暮らし、熊本の若者達を教育し、熊本の近代...

小泉八雲(こいずみやぐも)や夏目漱石(なつめそうせき)が教鞭をとった旧制第五高等学校(現在の熊本大学)の前身である、第五高等中学校の校舎として明治22年(1889年)に完成した建物です。「ナンバースクール」と呼ばれていた旧制高等学校である第一高(現在の東京大学)...

漱石は4年3か月の熊本生活の間、引っ越しを繰り返し6か所の家に住んでいます。この旧居はもともと大江村(現在の新屋敷1丁目)にあったものを移築復元した家で、家主で漱石の五校の同僚であった落合東郭(おちあいとうかく:漢詩人、大正天皇の侍従を務める)が東京勤務の...

熊本市のほとんどの場所からその姿を望むことができる金峰山は、「東の阿蘇(あそ)」に対して「西の金峰山(きんぽうざん、きんぼうざん)」と呼ばれ、熊本市民に親しまれています。周辺には、夏目漱石(なつめそうせき)の「草枕(くさまくら)」に登場する「峠の茶屋」や、...

熊本にある第二旧居跡。建物は現存していませんが、地名として「八雲通り」にその名を残しています。坪井にあったこの家では、熊本城内の宿舎から聞こえてくる兵士たちの歌声や、出征を控えた教え子が訪れたことなどが着想となり、「願望成就」(『東の国から』所収)が描かれ...

立田山麓にある、熊本藩主・細川家の菩提寺泰勝寺(たいしょうじ)跡です。細川家初代藤孝(ふじたか)夫妻と二代目忠興(ただおき)とガラシャ夫人の墓「四つ御廟(ごびょう)」や、武人でありながら茶道にかけては国内随一といわれた細川忠興の原図に基づいて復元された茶室...

熊本マンガアーツは、マンガをテーマにしたアートギャラリーと劇場が一体となった複合施設です。 マンガ原画の展示や原作を舞台化したステージを通じて、マンガの世界を存分に楽しめます。 【ギャラリースペース】 マンガの複製原画を展示・販売しているほか、作品のグッズや熊...

ちくわの穴にポテトサラダをたっぷり詰めて天ぷらにした熊本独特のお惣菜。ちくわもポテトサラダも子どもから大人までみんな大好きで、食卓の人気者だった約30年前に誕生。おいしいものとおいしいものを組み合わせれば、さらにおいしいものが出来上がるだろうという、お惣菜...

※休館中 細川刑部(ほそかわぎょうぶ)家は、細川家三代忠利(ただとし)公の弟、細川刑部少輔興孝(ほそかわぎょうぶしょうゆうおきたか)が正保3年(1646年)に2万5千石を与えられて興したものです。この建物は、その後、子飼(こかい)、現在の熊本市東子飼町で下屋敷とし...

熊本市では最も古い神社で、昔は「たけみや」と言い、のちに「けんぐん」と読まれるようになりました。阿蘇四社のひとつで、電車通りの大鳥居から神社まで続く、八丁馬場(はっちょうばば)と呼ばれる約1200mの長い参道には、加藤清正(かとうきよまさ)の頃植えられたと伝えら...

熊本駅と熊本城の間に位置する『新町・古町』地区。加藤清正が熊本城の築城とともに造った城下町で、現在も往時の面影を色濃く残しています。 新町地区は、熊本城の正面にあたり、5つの城門に囲まれた城内町で、短冊形の町割の中には、御家中の武家屋敷と町人町とが混在す...