

漱石は4年3か月の熊本生活の間、何度も引越しをしており、この旧居はもともと大江村(現在の新屋敷1丁目)にあったものを移築復元した家です。家主で漱石の五校の同僚であった落合東郭(おちあいとうかく:漢詩人、大正天皇の侍従を務める)が東京勤務の間借りていました。 ...

電車通りから北へ向かって伸びる通り。全長360m、幅11mのアーケード内に、衣料品店や雑貨店、書店など、新旧の店舗が混在します。天井の高いアーチ型の屋根から日光が差し込み、明るく開放感が溢れる通りは、パリのオルセー美術館をイメージ。歩道の中央には“イペ”と呼ばれる木...

※休館中 細川刑部(ほそかわぎょうぶ)家は、細川家三代忠利(ただとし)公の弟、細川刑部少輔興孝(ほそかわぎょうぶしょうゆうおきたか)が正保3年(1646年)に2万5千石を与えられて興したものです。この建物は、その後、子飼(こかい)、現在の熊本市東子飼町で下屋敷とし...

天然水をかけながす日本で一番深い水風呂(男性171cm・女性153cm)を中心に、自身でサウナストーンに水をかけるフィンランド流ロウリュサウナや、ドイツ流のサウナエンターテイメント『アウフグース』(サウナストーンにアロマ水をかけて体感温度を上げながらバスタオル等でスタッ...

熊本駅と熊本城の間に位置する『新町・古町』地区。加藤清正が熊本城の築城とともに造った城下町で、現在も往時の面影を色濃く残しています。 新町地区は、熊本城の正面にあたり、5つの城門に囲まれた城内町で、短冊形の町割の中には、御家中の武家屋敷と町人町とが混在す...

熊本市にある花岡山(はなおかやま)の麓にある公園で、熊本藩主細川家の菩提寺妙解寺(みょうげじ)跡として、立田自然公園の泰勝寺(たいしょうじ)跡とともに国の史跡に指定されています。 妙解寺は細川家三代、初代熊本藩主である忠利(ただとし)の菩提を弔うために建立さ...

熊本最大の繁華街・下通り(しもとおり)から南に伸びる通り。アーケードがなく、晴れの日には街路樹の間から木漏れ日が、また雨天時には雨がシャワーのように振り注ぐため、この名称がついたといわれます。お洒落なブティックやカフェ、雑貨店などが立ち並び、天気の良い日は...

小泉八雲(こいずみやぐも)や夏目漱石(なつめそうせき)が教鞭をとった旧制第五高等学校(現在の熊本大学)の前身である、第五高等中学校の校舎として明治22年(1889年)に完成した建物です。「ナンバースクール」と呼ばれていた旧制高等学校である第一高(現在の東京大学)...

全長235m、幅18mのサンロード新市街は、下通り(しもとおり)商店街の南側に位置しています。明治36年(1903年)、当時熊本市を二分していた連兵場・兵役跡地に完成し、熊本一の繁華街として映画館、飲食店、商店などが並び、多くの人で賑わいました。現在は、映画館、ゲーム...

熊本マンガアーツは、マンガをテーマにしたアートギャラリーと劇場が一体となった複合施設です。 マンガ原画の展示や原作を舞台化したステージを通じて、マンガの世界を存分に楽しめます。 【ギャラリースペース】 マンガの複製原画を展示・販売しているほか、作品のグッズや熊...

戦国時代の武将加藤清正(かとうきよまさ)を主神とする加藤神社。明治4年(1871年)、現在の熊本城本丸と宇土櫓(うとやぐら)の間に「錦山神社(にしきやまじんじゃ)」として建立され、その後、明治7年(1874年)熊本市京町へ、昭和37年(1962年)に現在の熊本市本丸に移り...

熊本市中心市街地・上通入口の複合ビル、びぷれす熊日会館3階にある美術館。多彩な企画展(有料)をおこなうメインのギャラリー以外はすべて無料。国際的に活躍する草間彌生(くさま・やよい)、宮島達男(みやじま・たつお)、ジェームズ・タレルなどによるアートワークが鑑賞...