熊本の窯元を巡り、そのつくり手をご紹介する「熊本、うつわ便り」。9回目は、宇城市で作陶する福島万希子さんを訪ねました。
「何もないところに形をふくらませ、創っていくところ」。陶芸の面白さを、福島さんはそう話します。零下の森で見つけた野薔薇の芽や棘、人の頷き、雨水の流跡、十月十日の生命の育み。生きる過程で出合い、目にしたもの、感じたことが、形になっていく。福島さんの詩的な佇まいの器は、こうして生まれるのです。
土に触れ、無心になる。自然に形が〝生まれる〟
熊本県八代市出身、実家はオーダーメイドの洋服屋。福島さんはさまざまな色、織りの布に囲まれて幼少期を過ごしました。成長とともに染織に興味を持ち、東京藝術大学美術学部工芸科に進学。ところが、工芸の基礎を学ぶ中で、染織よりも惹かれたのが漆と陶芸でした。
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特に、素材そのものである土に親近感を覚えたと福島さんは言います。「土に触れていると無心になれ、一種の瞑想状態に。こんなにも没頭できる対象物は他にないと思いました」。東京藝術大学大学院を修了後は「見たことのないものを見て、体で感じたい」と、インド、ネパー ル、タイ、インドネシアに計1年間遊学。帰国後は工房を準備するための資金を稼ぐ目的もあり、東京で予備校講師や高校の美術教師を務めました。
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その後、グループ展を中心に活動を続ける中、結婚し、28歳の時に山梨県へ移住。八ヶ岳の麓である小淵沢に築窯し、本格的に創作を始めます。同じタイミングで第一子を妊娠し、日ごとに身体が変わっていくのを感じたと福島さん。「妊娠を機に味覚が変わるといいますが、私は目にするものに対する感情にも変化を感じました」。お腹が大きくなるにつれ、作品もふくらんでいく感覚。自然の中にある生命のエネルギーにも興味が湧き、意図のある創作ではなく、形が自然と〝生まれて〟くるように。福島さんは「自分自身を改めて知る時間だった」と表現します。
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第二子を妊娠中にお腹を内側から押される感覚から生まれた「ふくらみの器」、零下の森で見つけた野薔薇の芽や棘にインスピレーションを受けた「とつとつの器」、雨水の流跡を眺めていて浮かんだ「こくこくの器」…。福島さんの作品はどれも今にも動き出しそうな生命感と息遣いを感じさせる。「すべては点から始まり、連なって線となり、そして形になっていく。私なりの器を生み出したいと思っています」
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陶芸の可能性は無限。だから、離れられない
福島さんは30代に入った頃、夫の実家がある宇城市小川町へ移り住みました。工房も移し、静かな山間の集落で土と向き合う日々。土と釉薬の組み合わせ、窯の熱源、温度。陶芸は無限の可能性をはらんでいると、福島さんは考えています。
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「今は信楽の土に、さまざまな木の灰釉。土は思いを投影しやすい素材で、表現の可能性も果てしない。だから、離れられないんです」。まだ山梨で暮らしていた頃、慣れない子育てと創作活動の両立に疲れ、乳児とともに声を上げて泣きながら土に触れた思い出も。それでも陶芸から離れることはできず、創作は今に続いていると笑います。「どれだけ手をかけても、最後の最後は窯に預けなければいけない。それも陶芸の面白さで、創作できることは幸福。窯の扉を開けて落胆する時もあるけれど、また頑張ろうと思えます」
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現在創作しているのは、無駄を削ぎ落としたシンプルな無地の白の器。あらゆるジャンルの料理を受け止めてくれるような、芯がありながらもやわらかさを感じる作品です。
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「以前は装飾をしたり、形状に凝ってみたり、〝何もしない〟ということができませんでした。でも、今ならできる。今やっと、できるようになったんです」。福島さんが視線を送るアトリエの壁には、窓辺のクリスタルに反射された太陽の光がきらめき、揺れ動いています。生き物のようにさまざまな表情を見せるプリズムは、まるで福島さんの作風を現しているかのよう。「体が動く限りは土に触れ続けたい。創り続けるのは大変だけど、陶芸と出合えて良かったと思っています。創作できる環境に身を置ける幸福を、今もずっと噛み締めています」
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