熊本の窯元を巡り、そのつくり手をご紹介する「熊本、うつわ便り」。5回目に訪ねたのは、長洲町で作陶する山口博子さんです。

白い器は汎用性が高く、使いやすいけれど、それだけでは物足りなく感じる時も。日々の食卓にちょっとしたアクセントを加えてくれるような、アートを感じる一枚があると器選びが楽しくなります。長洲町の陶芸家・山口博子さんの作品は、個性が光りながらも押し付けがましくないバランスの良さを感じます。

個人作家であり職人 日々の経験が刺激し合う

まるで絵画のような器。山口博子さんの作品を初めて見たときに、そう思いました。マットな白をベースに、グレーのような青のような、褐色のような金色のような、表現し難いニュアンスカラーが混ざり合う「キャリコ(英語で三毛猫を意味)シリーズ」。朝の海をのぞいているような艶やかなマリンブルーが印象的な「透明釉シリーズ」。どちらも他で目にしたことのない個性的な作風で、コレクター心をくすぐられます。

山口さんは〝陶磁器の島〟天草で生まれました。県外の大学でグラフィックを学んだ後、三年ほど会社勤めをしていましたが、「ものづくりを仕事にして生きていきたい」と考えるように。しかし、ものづくりには木工、彫金、食品などさまざまな選択肢があります。山口さんは、その中で自分に何が一番向いているのだろうと考えました。そんな時に脳裏に浮かんだのが、高校生の頃にワークショップで天草陶石(磁土)に触れた記憶でした。「指で押したらその形を素直に作り出してくれて、柔らかくてきめ細やかな。とても魅力的な素材が近くにあってラッキーだなと思い、陶芸を選びました」

会社を退職後、25歳から陶芸をスタート。天草市の「丸尾焼」の門を叩いて弟子入りし、3年半の修業を経て独立しました。同時に小代焼の窯元「一先窯」2代目の山口友一さんと結婚し、現在は二人の工房がある長洲町にてご夫婦で作陶されています。

結婚を機に、友一さんの仕事も手伝っている山口さん。「一先窯の器を作るときは〝窯としていいものを夫と作る〟ことを大切にしています。一方で、山口博子名義の器を作るときは〝自分の責任で自分の目指すものを追求する〟。別物ではあるけれど、それぞれの経験が刺激し合って自分を成長させてくれているように思います」。

山口さんの作品は「天草陶石」を使用した磁器や半磁器です。山口さんによると、磁器粘土は触るとなめらかで美しいけれど、乾かし方や線の 入れ方一つで割れが生じてしまうほど繊細で、陶土と比べて扱いが難しいそうです。「この粘土で様々な形にするにはリスクがあるのですが、特有の面白さが出ます」とも話します。

山口さんの器は板状にした粘土を成形する、たたら成形という方法で作られています。たたら成形は、ろくろと違って楕円や四角形、箱状のものも作れますが、制作時に接着部分が割れやすいデメリットも。「私の器作りには面倒な作業が多い! でも、そこが楽しいんですよね」と笑う山口さん。ベースとなる器に紐状にしたたたらを貼ったり、複数のパーツを貼り合わせたり、スタンプを押したりと加飾の手間がかかっています。

「線をあと1本減らせば作業が楽になるのに…と考えることもあります。しかし、私の器を好きだと言ってくれる方々の顔が浮かんでくるので、そこで妥協しないようにと思っています」。

日々の暮らしが 楽しくなるような器

手仕事の器は、同じように見えても個体によって微妙な違いがあるものです。同じ形に成形して、同じ釉薬をかけていても、窯から出てくるものが均一だとは限りません。山口さんの作品はその違いが顕著で、発色や色の混ざり具合など、一つ一つが異なる表情を持っているので、選ぶのに迷ってしまいます。

手持ちの器との相性はどうだろうか。どんな料理が合うだろうか。器を購入する際にはついそんなふうに考えてしまいがちです。特に、これまでシンプルなデザインのものを好んでいた方にとっては、山口さんの個性的な器はハードルが高く感じるかもしれません。でも、そういう方にこそぜひチャレンジしていただきたいところ。色調の近いものと組み合わせるだけで、すんなりとなじみます。

また、シンプルな料理を〝魅せて〟くれるのも特長です。装飾が背景として余白をほどよく締め、盛り付けが苦手でもいい感じに演出してくれます。

たたらプレート小×きびなごの刺し身
たたらプレート小×きびなごの刺し身
たたら深鉢小×ピーマンの炒めもの
たたら深鉢小×ピーマンの炒めもの
たたら深鉢小×ねぎしらす冷奴
たたら深鉢小×ねぎしらす冷奴
たたら深鉢小×鮭の南蛮漬け
たたら深鉢小×鮭の南蛮漬け

料理に負けない器の存在感は、カラフルでエネルギッシュな洋食とも相性ぴったり。料理を盛るほどに魅力を感じるはずです。

たたらプレート小×たことトマトのパセリマリネ
たたらプレート小×たことトマトのパセリマリネ

山口さんは自身の作品について「使いやすさばかりを求めないようにしています」と話します。「世の中には使いやすい器はすでにたくさんあるし、私は日々の暮らしが少し楽しくなるようなものを目指したい」とも。「今トライしているのは、シンプルに白一色だけど形に面白さがある器の制作です。花器のバリエーションも増やしたいし、やりたいことがまだまだたくさんありますよ」。またしても心をくすぐられる器と出会えそうで、新しい出合いが楽しみです。

□問い合わせ先

山口 博子

所在地/熊本県玉名郡長洲町

MAIL/hiroko.y.kumamoto@gmail.com

instagram/@hiroko_yamaguchi123

※展示会の情報はインスタグラムで告知されます

※訪問の際は事前にメール・インスタグラムからご連絡をお願いします。所在地の詳細はその時にお知らせします


□器を購入できる場所

うつわ屋Living&Tableware

所在地/熊本県合志市幾久富1647-240 

Tel/096-248-8438 

営業時間/11:00~17:00

定休日/水曜(不定休あり)

instagram/@utsuwayakumamoto

http://www.utsuwaya.net


月花(通信販売)

http://shop.ghecca.jp


(取材・文・フードコーディネート・撮影/三星 舞)

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