熊本の窯元を巡り、そのつくり手をご紹介する「熊本、うつわ便り」。3回目は、阿蘇市に窯を構える『滝室窯』の石田裕哉さんです。

日本、中東、ヨーロッパ、中国…。『滝室窯』の石田裕哉さんが作る器には、さまざまな国のエッセンスを感じます。型押しの装飾が華やかなため、初見では使いこなすのが難しそうに思われるかもしれません。しかし、いざ手に取ってみると盛りたい料理が次々と浮かび、居心地の良い食卓まで想像できるから不思議です。

父が残した窯で焼く 自分だけの〝ひと皿〟

阿蘇市にある石田裕哉さんの工房『滝室窯』を訪ねた日は、雲ひとつない晴天でした。4月のうららかな陽気の中、窓を開けて車を走らせていると新緑の香りに鼻先をくすぐられ、ふうっと深呼吸したい気分に。到着した工房の庭では、鮮やかなピンク色のツツジが満開。木々は心地良さそうに葉を広げています。

春から夏にかけ、美しい緑に覆われる阿蘇市の「米塚」
春から夏にかけ、美しい緑に覆われる阿蘇市の「米塚」

『滝室窯』は、45年前に石田さんの父親が開いた工房です。「父は、20代後半で福岡の小石原の窯元に弟子入りしたそうです。私が高校1年生の時に亡くなったため、詳しい経緯は知りません。父から直接作陶を教わったこともありません」と石田さん。「ただ、もし父が元気だったとしても、教わっていなかったかも。だって、お互いが気恥ずかしがっただろうから…」と笑います。

石田さんが陶芸を始めたのは、20歳を過ぎてから。「幼い頃から粘土遊びや絵を描くことが好きで、でも、父と同じ陶芸の道に進もうとは考えていませんでした」と言います。ところが、大学に通ううちに〝ものづくりを仕事にしたい〟との気持ちが強くなったそうです。「ただ、具体的にどんなことをしたいのかは見えていませんでした。それで改めてよくよく考えてみたら、実家には父が残してくれた工房があるんだから、陶芸をするのがいいんだな、と。自然な流れでそう思えたんです」。石田さんは25歳で京都府立陶工高等技術専門学校に入学し、陶芸の基礎を学びます。その後、京都市立産業技術研究所で釉薬の研究を積み、陶芸家のもとでの修行を経て、29歳で帰郷。2010年、窯に再び火を灯しました。

工房は父親から残されたたままの形で使っていますが、作風は石田さん独自のものを確立。天草の磁器土に美濃の土を混ぜた半磁器で、陶器の特長であるあたたかみややわらかさ、磁器ならではのなめらかな質感や堅牢性を持つ器を作ります。自身で調合する釉薬をまとわせて黄土色や瑠璃色など落ち着いた色合いに焼き上げてあり、表面に映し出された繊細な文様も特徴的です。

盛りたい料理が浮かび 手に取りたくなる〝いい器〟

文様は、ろくろで形作った生地を型にのせて凹凸を写す「ろくろ型」という手法であらわされています。図案を考えるところから石田さんによるもので、素焼きした土や石膏の型にラインを手彫りするため、1つの型を完成させるまでに数カ月かかることもあるそうです。モチーフは植物や幾何学模様などさまざま。ヒゴタイやカワラナデシコといった阿蘇由来のモチーフもしのばせてあります。

「図案を決める時に大切にしているのは、料理を引き立てるものであるということ。器は料理が盛られ、一体となってこそ完成すると考えているからです」と石田さん。また、食卓で他の作家の器と組み合わせた時に悪目立ちしないように、との配慮も。柄一つ、線一本の微妙な匙加減で器の印象がガラリと変わるため、悩み、迷いながら彫っていると話します。石田さんの作業の様子を見せてもらうと、とても丁寧。手先に神経を集中させて、美しく仕上げようとしているのが分かります。

そうして完成する器は、どんな料理も受け止めてくれそうな懐の深さがあります。指先で触れると、見た目よりもずっと薄手。軽やかながらカッチリとした印象もあるのは、高温で焼き締めてあるからだそうです。実際に料理を盛ってみると、何と組み合わせてもしっくりすることに驚きます。日本、中東、ヨーロッパ、中国など、見る角度によって異なる国のエッセンスを感じさせるので、料理のジャンルも選びません。おひたしやきんぴらなどの和食、マリネやケーキといった西洋の食べもの、生春巻きやナムルなどのアジアご飯とも相性が良く、土ものの器や漆器、木やステンレスの台所道具ともなじみます。

灰釉陽刻六角皿×たけのこの土佐煮
灰釉陽刻六角皿×たけのこの土佐煮
灰釉陽刻六角皿×ケールと洋梨のサラダ
灰釉陽刻六角皿×ケールと洋梨のサラダ
瑠璃釉陽刻雲型皿×青菜と油揚げのお浸し
瑠璃釉陽刻雲型皿×青菜と油揚げのお浸し
灰釉陽刻六角皿×ごぼうサラダ
灰釉陽刻六角皿×ごぼうサラダ
瑠璃釉陽刻雲型皿×バウムクーヘン
瑠璃釉陽刻雲型皿×バウムクーヘン

石田さんは、展示会のたびに必ず新作を発表しています。「正直なところ、コンスタントに新作を出し続けるのは結構大変です。でも、形や釉薬など新しいものを表現できるように頑張りたい」と決意をのぞかせます。文様についても同様で、昔の着物や古い壁紙のデザインを学んで、常に新しい図案を考えていると言います。実は、現在工房に並んでいる型はすべてここ5年間で作ったもの。それ以前の型は、平成28年熊本地震の揺れで破損し、使えなくなってしまいました。数十個もの型を1つずつコツコツと作り直したというエピソードからも、石田さんの人柄が垣間見えます。

工房に併設のギャラリーでは石田さんの作品を購入することができます。文様のシリーズのほか、シンプルな白磁の器も並んでいるので、ぜひ足を運んでください。それらを手に取って色や触感を確かめているうち、盛りたい料理が不思議といくつも思い浮かび、居心地の良い食卓まで想像できるのです。〝いい器〟って、きっとこういうことだと思います。

白磁十角鉢×阿蘇産いちごとラディッシュのマリネ
白磁十角鉢×阿蘇産いちごとラディッシュのマリネ

□問い合わせ先

滝室窯(工房・ギャラリー)

所在地/熊本県阿蘇市一の宮町坂梨3031

Tel/0967-22-0325

Instagram/@takimurogama

※工房・ギャラリーは不定休のため、訪問の際は事前に電話連絡をお願いします


□器を購入できる場所

織庵

所在地/熊本県熊本市中央区出水4-14-29

Tel/096-363-6662

営業時間/11:00~18:00

定休日/水曜

Instagram/@orian_kumamoto


くらしのうつわ 月まち

所在地/熊本県熊本市中央区上通町11-3浅井ビル1F

Tel/096-283-1030

営業時間/12:00~18:00

定休日/水・木曜(不定休あり)

http://www.tsukimachi.net


(取材・文・フードコーディネート・撮影/三星 舞)

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