旅とお酒と酒場っ子のイイ関係
校了明けは休日の真っ昼間からオレンジワイン、何てことない日常の夕食時に麦焼酎のソーダ割り、仕事やずぼら家事の合間には、友人たちと結成している「日本酒の会」のための銘酒探しに勤しむ…。さらには、北から南まで、日本各地の酒場をめぐるひとり旅がライフワーク。自他ともに認める「さけずき」の私のもとには、日夜「熊本でいいお店教えて!」のリクエストがジャンジャカ寄せられます。(AI並みにすばやくお答えいたします)。
相対的に多いのは、「女性がひとりでも行きやすいところ」「カウンターのあるところ」「早い時間から空いているところ」「地元のものが食べられるところ」のニーズ。わたし自身、郊外や県外への出張が結構多い出張族であることから、この4つを満たしている店で、「夜の部」をスタートできたら、何となく仕事も首尾上々にすすみそうな気がしています(あくまで気、です)。
そのリクエストにひとつだけ追加するとしたら、「女将のいる店」を挙げたい。女将といっても、和服に割烹着をお召しになって、髪をきゅうっと結いあげているような、ザ・女将さんを指すわけではありません。酒場っ子ライター・福永あずさが愛してやまないのは、きっぷがよくて、一緒にかんぱいしてくれて、ゆる〜いチルタイムを見守ってくれるような、そんな女将さんたち。山中美和さんのいる「まんじぇ」(熊本市中央区下通)、松浦恵さんのいる「豆福」(熊本市中央区花畑町)は、外飲みとは思えない“おうち感”に浸れるコバコです。
昼3時からのパラダイス。城見町通りの奇跡「まんじぇ」。
“昼間から飲むこと”の、あの独特な背徳感たるや。いくつになっても、何度経験しても、「…やめられまへんなあ!」の世界なわけです。もちろん都会の比ではないですが、最近では熊本でも、お昼からのれんを掲げているお店にたくさん出合えるようになりました。城見町通りという飲み屋街の、雑居ビルの5階にある「まんじぇ」は、私が知る限り、街なかで唯一ビルの中で青空を眺めながら飲める店。営業時間はなんとお昼の3時から! やや重ための扉を開け、天井をふいに見上げると、ぽっかりと開いた大きな窓から空を眺めることができるのです。店はカウンター6席のみ。じゃんぼにんにく、玉ねぎ、里芋、かぼす…カウンターの上には、女将の山中美和さんが仕入れてきたぴかぴかの野菜がずらり。「これ何? どこ産のもの?」と思わず尋ねたくなるようなめずらしいものも多く、器好きの女将らしく、野菜をディスプレイする器にもつい目がいってしまいます。
カメラを抱え取材に訪れた私に対して、開口一番、「あず、最近忙しかっごたね? 最初にアジフライ食(た)ぶんね? 」(日本語訳:あずささん、最近忙しいみたいですね。まず最初に、アジフライ食べますか?)。などと、バリッバリの熊本弁で声をかけてくれるわけです。さっと出してくれた2種類の突き出し(この日は4種類のなかから2種類を選べ、わたしは“インゲン豆のピリ辛じゃこ和え”と“芋の茎のきんぴら”をチョイス)をつまみながら白ワインで久しぶりの再会を祝うと、体からふわわ〜と力が抜けていきます。もう、仕事なんてどうでもよくなってしまうんです。すみません。
フランス語で「食べる」の意味をもつ「まんじぇ」は、2019年で創業15年目を迎えました。オープンのきっかけは、仕事終わりにいつも美和さんが癒されていたという街なかの小料理屋さん。「いつかこんな店をしたいなあ」という思いから、30歳を超えて、独立開業を決意します。そのなかでも、「カウンターのみで窓がある店」は、美和さんのこだわり。知る人ぞ知る隠れ家にしたいというお店から、最初は看板もつけていなかったというから驚きです。「オープンしたときは“女性が一人で来れる店”ってほとんどなかったったいね。カウンターだけで、気の利いた手料理が食べられて、女性が来やすい隠れ家。そういう店をつくりたかった。しかも3時から開いてるとこなんてなかった。今は昼から飲める店もだいぶ増えたよね。なんで昼から開いてる店が少ないかって? 仕込みが大変ったい!」。(話しながらワインをぐびぐび。あっ、もう飲み干してる!)。
美和さんの1日は、朝10時の仕込みからスタート。すべてのメニューを一人でつくっているので、いかにスピーディーに出せるかが勝負です。目の前に貼られたメニューに目をやると、塩さば、牛もつのみそ煮込み、めひかり唐揚げ…。派手さはなくとも懐かしい。力強い熊本の素材の味を生かした風味と、丁寧な下処理に裏付けされた余韻が、いつまでも続きます。どれもホッとする味で、とても美味しい。もう、「美味しい」の洪水に溺れそうになるほど、美味しい。
「まんじぇ」の料理のルーツは、料理上手な美和さんのお母さん。ちなみにお父さんも、有名な老舗ステーキ店の料理人だったそうです。フードアナリストでもある美和さんは、FMKラジオ「charmy2」やKKT「テレビタ」の番組出演でのレシピ提供のほか、保育園の先生やお母さん向けにお出汁教室を開催するなど、店舗営業にとどまらない「食」の活動を続けている人でもあります。「まんじぇ」はお昼3時に開店しますが、終わりは夜10時ぴしゃり。この空間を去るのが名残惜しく、10時を超えてだらだらと居座ろうとするものならば、「はい、皆さん。閉店よ! また来てね〜!」とぴしゃり。き、きびしい…。でもそういう、すっきり・さっぱりしたところが大好き。かぼすサワーみたいなね。
「豆福」と聞けば酒飲みがそわそわ、 小さな聖地のような場所。
銀杏中通りにある「豆福」の女将・松浦恵さんと最初に出会ったのは、何かの媒体での取材だったと思います。ちいさな幸せ、ちいさな福という意味をもつ「豆福」という店名と、恵さんのやわらかい笑顔に、とにかく惹かれたことを覚えています。何てことない雑居ビルの4階までエレベーターでチン! と登って扉を開くと、早い時間からお客さんの熱気で大にぎわいをみせる、超繁盛店。ここも「まんじぇ」同様、カウンターがメインのお店。あとは相席スタイルのテーブルを1つ設けたのみの、ちょうど良いコバコです。
ポロシャツにきゅっと巻いた前かけ姿がトレードマークの恵さん。店はいつもめちゃめちゃ忙しいのに、テキパキとオーダーをとり、料理をさっと仕上げ、お客さんの元に、その熱々のお皿を笑顔で運んでゆく…その、「きびきび働く恵さん」を見ながら日本酒をクイッとやるひと時が、豆福で過ごす醍醐味ってもんです。近頃は本当に繁盛店になってしまい、なかなか恵さんとゆっくり話す時間がとれないのが残念なのですが、カウンターには早い時間からおひとりさまがずら〜り。会社の飲み会前や、仕事後の早めの夕食にさっと寄って1〜2杯飲む人も多いようで、働く人たちの癒しの場所にもなっています。
豆福のご飯の魅力は、気取らなさ。名物の「茶豆」はいつだってほくほくでお替わりしたくなる美味しさだし、「炒り銀杏」の風味に大人であることの悦びに浸り、「チーズの味噌漬け」の酒泥棒たるや、もう困ったもんです。しかもそれらのアテが、350円〜という安さで出されているので、もう体中の細胞が歓喜しちゃうわけです。安いにもほどがあります。
ちなみに最近も、京都から熊本出張中の仕事仲間に豆福を紹介したばかり。「注文が立て込んでいるときはゆっくり構えなくて申し訳ないんだけど、カウンターの常連さんが自然と相手してくれてるんだよね(笑)。ここのおすすめはコレだよ、これは絶対飲んだほうがいいよ、とか。あ・うんの呼吸で本当にありがたいよね」。県外に行ったときの楽しみは、おいしいお酒とうまいもの。これがあれば言うことないですが、こういう何気ない会話や体験こそが、熊本を好きになってもらうことにつながっていくと思うんです。
最後に、わたしが恵さんを大好きな理由のひとつに、「一緒にはたらく人」をとても大事にしていることがあります。豆福の歴代の学生バイトさんたちはみんなフレッシュで、感じがよくて、お店のウリでもある日本酒をトットットッ…と注ぎながら、まだ覚えたばかりのお酒の話なんかを、私たちにしてくれるわけです。それが初々しくて、なんともいい。卒業しても帰省のたびにお店に顔を出してくれたり、留学先からハガキを送ってくれたり。そんな縁が創業以来、ずっと続いているんだそうです。ちなみにご主人の松浦さんも、お店が縁で出逢い、県外から移住されてきた方なんです。
そんなわたしは、もはや銀杏中通りを歩けば、ここに寄って恵さんの顔を見ないと気が済まない体になっています。
[まんじぇ]
所在地:熊本市中央区下通1-4-2 宇野ビル5F
[あて屋 豆福]
所在地:熊本市中央区花畑町13-21 緒方ビル4F
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