熊本の夏は、蒸す。だからでしょうか、暑さが増すにつれ、土ものよりも、涼しげな磁器を手に取りたくなります。天草市で作陶する『久窯(ひさしがま)』江浦久志さんの器もその一つ。つるんとした白磁に、呉須による藍色の染付が爽やかな印象で、触れるとひんやり。盛った料理が瑞々しく映え、食卓に涼を運んでくれます。

熊本の窯元を巡り、そのつくり手をご紹介する「熊本、うつわ便り」も4回目となりました。今回は熊本市内から、南西へロングドライブ。天草市の『久窯』を訪ねました。

生まれ育った地の陶石で 追求し続ける〝白の世界〟

紺碧の海に囲まれた、大小120ほどの島々からなる天草諸島。海があり、山があり、豊富な自然資源に恵まれていることから〝宝島〟とも呼ばれています。中でも下島は、陶磁器の原料として江戸時代から国内で広く用いられている天草陶石の産地です。天草陶石は、現在でも有田焼や波佐見焼といった有名な焼物の原料として出荷されています。

天草の海岸
天草の海岸
天草地方など暖かな海岸沿いに多く見られる「ハマヒルガオ」
天草地方など暖かな海岸沿いに多く見られる「ハマヒルガオ」

江浦久志さんは天草の下島、高浜町生まれ。父親が陶石を採掘する会社に勤務していたため、幼い頃から〝天草陶石というもの〟の存在は認識していたそうです。しかし、その真価を知るのはもっと、ずっと後のことだと江浦さんは言います。

「中学まで天草で育って、理工系の専門学校への進学を機に熊本市内へ移りました。しかし卒業を控え、自分のやりたいことはこれじゃないと思ったのです」。電波は目に見えない、目に見えるもののつくり手になりたい。そう考えた江浦さんは、卒業後に伊万里の陶器会社で働き、焼き物の基礎を身につけます。その後、小石原へ移って製陶技術を磨き、有田で染付けを学んだのち、地元にUターン。父親が勤務していた陶石会社で働き、平成元年に31歳で独立。『久窯』を構えました。

開窯の際、江浦さんが心に決めていたことが一つあります。それは、「天草陶石を使う」ということ。「10年以上かけてあちこちの窯を見てきたけれど、どこへ行っても必ず天草陶石が使われていました。それだけいい素材だということです。天草陶石からつくる土は、粘りが強く、薄くひくことができ、高温でも焼き崩れません。こんなに素晴らしい石が他にあるでしょうか。天草で窯を開くのだから、天草の原料を使う。それは、私にとっては当たり前に思えたのです」。

天草陶石は特等から4等まで等級があり、最も純度が高いのが特等。鉄分などの不純物を含む量が多いほど等級が下がります。江浦さんはつくる器によって等級の異なる天草陶石を使い分け、石の持ち味を生かして作陶することを大切にしています。「等級はあれど、真っ白が至上だとは考えていません。多様な白があってしかるべきですし、等級の低い石でもいいものをつくるのが職人でしょう。乳白色も、砂糖菓子のような白も美しい。私は、〝私の白〟を追求したいのです」。

白磁
白磁

アーティストよりも アルティザンでいたい

江浦さんの器は、手描きの絵付けも特長の一つです。「器のフォルムはもちろん、生地によっても描くものを変えます。そこにあっておかしくない線を引く。それが絵付けです」と江浦さん。感性で描くというよりも、前もって図案や文様を考えてから筆を進めるそうです。天草陶石の白に映える、鉄絵や呉須の染付。濃淡で描かれた線からは繊細な筆致が感じ取れます。眺めているとなんだか背筋が伸びて、いつもよりちょっとだけ〝ちゃんとした〟料理を作って、盛りたくなるのです。

染付葡萄紋蕎麦猪口×宇城のところてん
染付葡萄紋蕎麦猪口×宇城のところてん
染付野菊に蝶紋型打ち豆皿×カラフル野菜のピクルス
染付野菊に蝶紋型打ち豆皿×カラフル野菜のピクルス
染付カナオドリ手葡萄唐草紋蕎麦猪口×茶蕎麦
染付カナオドリ手葡萄唐草紋蕎麦猪口×茶蕎麦
お多福豆皿×あかくら蕪のぬか漬け
お多福豆皿×あかくら蕪のぬか漬け

江浦さんの絵のモチーフは植物が多く、古い焼きものから文様のヒントを得ることもあるそうです。土をこね、ろくろを回し、絵付けをして、焼いて…。全ての工程を一人で行うため大量生産はできず、「もうこの年だから、土をこねる度に息切れして大変ですよ」と笑います。「でも、私は手仕事を求めてこの道に入ったのだから、これでいいんです」。

「自分を陶芸家と思ったことはありません」と江浦さん。続けて、「アーティストではなく、アルティザン。私はただ職人でありたいだけ」とも。初めて土に触れた時から45年以上が経った今でも陶芸に夢中。100円ショップに行けば手描きの器が気になり、最近見始めたyoutubeでは中国や中近東のろくろ動画を熱心に鑑賞。工房のそこかしこには個人で収集した古伊万里や古唐津、江戸時代の古高浜焼、中国古陶磁などの陶片、古い漆器が詰め込まれています。

陶片
陶片

たこ壷用の土で試しに焼いてみたという湯呑みを手に、「う~ん、四六時中焼きもののことを考えていますねぇ」とつぶやく江浦さん。「器を焼いて売って暮らしているんだから、それは職人ということ。職人は自分への問いかけを忘れてはいけません。ごまかした仕事をしてはいけないし、したくない。100円で皿を買える時代なのに、私の焼きものを買ってくれるお客様がいるのだから」。江浦さんの作陶に対する真摯な姿勢を知り、作品を眺めているとなんだか背筋が伸びるその理由が、少し分かったような気がしました。

□問い合わせ先

天草創磁 久窯(工房・ギャラリー)

所在地/熊本県天草市天草町高浜南2904

Tel/080-1754-4785

営業時間/9:00~17:00

定休日/不定

※訪問の際は事前に電話連絡をお願いします


□器を購入できる場所

熊本県伝統工芸館

所在地/熊本県熊本市中央区千葉城町3-35

Tel/096-324-5133(工芸ショップ匠直通)

営業時間/9:30~17:30

定休日/月曜(祝日の場合は翌日、年末年始は12/28~1/4が休み)

http://kumamoto-kougeikan.jp


くらしのうつわ 月まち

所在地/熊本県熊本市中央区上通町11-3浅井ビル1F

Tel/096-283-1030

営業時間/12:00~18:00

定休日/水・木曜(不定休あり)

http://www.tsukimachi.net


(取材・文・フードコーディネート・撮影/三星 舞)

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