熊本の窯元を巡り、そのつくり手をご紹介する「熊本、うつわ便り」。今回ご紹介するのは、高田焼と並んで熊本の伝統的な焼きものである小代焼です。実はこの小代焼、400年にわたる長い歴史の中で、一時衰退したことを知っていますか。

上益城郡鹿島町にある小代焼 たけみや窯の初代・近重治太郎さんは、小代焼の復興に尽力した一人です。現在は治太郎さんの孫で三代目の眞二さんが窯を守っています。

「五徳焼」の異名を持つ焼き物  復興のきっかけはカルタ競技?

腐らず、臭いが移らず、湿気を防ぎ、毒を消し、延命長寿をもたらす。小代焼はこれら5つの徳を持つことから「五徳焼」とも呼ばれる焼き物です。

近世の熊本の窯業は約400年前に加藤清正、細川忠興とともに日本に渡来した朝鮮の陶工(陶磁器を作る職人)たちから始まったと伝わります。小代焼は忠興の息子で小倉城主・細川忠利が熊本へ移る際に伴った、牝小路源七と葛城八左衛門という二人の陶工が小岱山の麓に登り窯を築いたことから始まりました。以来、長らく細川家の御用窯として茶器や日用食器が造られたものの明治維新以後に藩の庇護がなくなったことや、有田焼や瀬戸焼の台頭などの影響を受けて次々と廃業。一旦は廃れてしまいましたが、昭和に入って復興の狼煙を上げようとする動きがありました。その立役者の一人が近重治太郎さん。たけみや窯三代目・近重眞二さんの祖父にあたる人物です。

「祖父は島根の石見出身です。焼き物屋の次男として生まれ、10歳頃から実家を出て他の窯元に弟子入りして焼き物を始めたと聞いています」。眞二さんによると、治太郎さんは独立して熊本・荒尾に移住。蛸壺や火鉢を造っていた頃、カルタ競技に出かけた大牟田で小代焼を知り、衰退を憂い、復興に乗り出すことに。伝世品の形状や釉薬の調子を見たり、文献を辿ったりするなどして力を尽くし、伝統的作風を見事復活させました。そして昭和6年、熊本市健軍に登り窯を築いて健軍(たけみや)窯を開きました。眞二さんは「祖父が熊本市の健軍という場所を選んだのは水前寺成趣園が近く、熊本市内には茶道をたしなむ人も多いだろうと考えたからだそうです。予想が当たって、当時はずいぶん器が売れたようですよ」と笑います。

素朴な中にある力強さが身上  祖父から受け継ぐ技術と心

治太郎さんは茶道具を中心に多くの作品を生み出すとともに、後進の育成にも多くの時を割きました。眞二さんと父親の眞さんも、治太郎さんのもとで焼き物を学んだ〝弟子〟。「今思えば、幼い頃に祖父の膝に腰掛けてろくろを触らせてもらって遊んだあの時間が、初めての手ほどきだったのかもしれません」と振り返る眞二さん。「私にとって祖父と父がいた工房はとても身近で、好きな場所でした。その時にはまだ窯を継ぐ意志はなかったけれど、土に触れることが好きだったから、いつの間にかろくろの扱い方が身に付いていました。門前の小僧習わぬ経を読む、ってやつです」。

眞二さんが陶芸の道に進む決意をしたのは大学3年生の時です。「大学卒業後はどこかの会社でサラリーマンをしようと思いながらも、休暇に実家の窯でアルバイトをする度に焼き物ってやっぱりいいなあと感じていました。そんな時に祖父の展示会の手伝いをする機会があり、お客様の生の声を聞くことができたのです」。たけみや窯の器をずっと前から愛用している、この茶碗で飲むお茶は味が良く感じる、使いやすいから買い足しにきた…。「正直なところ、私にとって窯の焼き物は身近すぎて何の思い入れもないものでした。しかし、お客様の顔を見て、言葉をいただいたら、あぁ自分もこんな焼き物を造りたいなという気持ちがわいてきました」。

作陶の際は小代焼の基本に忠実であることを心掛けているという眞二さん。小代焼は小岱山の麓から採れる鉄分の多い赤土を使った素朴で力強い作風が特徴です。釉薬には藁灰(わらばい)や木灰(もくばい)、長石(ちょうせき)などを用います。たけみや窯の敷地内には眞二さんが自作した釉薬の甕がずらり。稲藁を焼いて藁灰を作り、水に漬け、目の細かさを変えながら何度もふるいで濾(こ)し…。使える状態になるまでは2~3カ月かかるそうです。

「陶芸というと土を練ったりろくろを回したりするイメージがあると思いますが、あれは作業のほんの一部なんですよ」と眞二さん。現代では業者によって合成された釉薬を購入する手段もありますが、眞二さんは自然釉でしか出せない味わいがあるとの思いから自ら調合を続けています。また、「釉薬は器の着物。伝統を守りながら、今を生きる方たちに好まれるような色あいの着物を生み出すのも私の仕事の一つです」とも話します。

眞二さんは治太郎さんから多くのことを学んだといいます。中でも印象に残っているのは、作り手は使い手のことを考えなければならない、という言葉。例えば抹茶碗ならお茶の立てやすさ、マグカップなら取っ手の持ちやすさ。使うシーンや使い手の目線や意図、好みに思いを馳せて作陶することを、眞二さんも大切にしています。

小代焼を守り、次の世代へつなぐ  大手コーヒーチェーンとのコラボも

「私は自分を陶芸家だと思ったことはありません。祖父、父と同じ〝焼き物の職人〟であると、いう意識でものづくりをしています」。たけみや窯では2019年から大手コーヒーチェーン・スターバックスとコラボレーションした商品も手がけています。美しい日本を次の世代に渡したいとのコンセプトシリーズ「JIMOTO Made」の一環で、オリジナルのマグカップを開発。コーヒーの香りや味を存分に楽しめる口元のフォルムや、リラックスした状態で持てる取っ手の形状や重さ。パートナーと呼ばれるスターバックスのスタッフの要望や意見を汲み取りながら理想を形にしていく作業は、まさに職人技です。たけみや窯のものづくりの主軸はあくまで使い手であることを体現したプロジェクトとなりました。

小代焼の窯元は現在11軒あり、眞二さんは「小代焼窯元の会」の二代目会長を務めます。会では国の補助事業の展示会などを通して小代焼の啓発活動に取り組み、毎年2月には合同展示会の「春陶祭」を開催しています。また、たけみや窯ではギャラリーへの訪問も随時可能で、海外からの旅行客や子ども連れの方も受け入れており、工房での作業の様子も見学できる場合もあります。「娘が開設してくれたインスタグラムには若い方からの反応もあり、世代を超えた多くの方に興味を持っていただいていると感じています。みなさんの声に耳を傾けて、新しいことに挑戦したい」と意欲を見せる眞二さん。自分に合う焼き物を選ぶ楽しさを届けたいと、今後は一点もの創作にも力を入れていくそうです。

眞二さんは「若い頃に夜遅くまで作業をしていると、きついなあなんて思ったものです。でも今、造ることがとても楽しいんですよ」と話します。「手作りのものには、手仕事にしか出せない味わいとあたたかみがあると感じます。それは、作り手の心がこもっているからではないでしょうか。使ってくださる方を想い、一つ一つ真心を込めて、世の中に送り出していきたいと思っています」。

■小代焼 たけみや窯

場所:熊本県上益城嘉島町北甘木2222

問合せ先: 096-285-7563

営業時間:10:00~18:00

定休日:第1水曜(2024年4月より毎週火曜、第1・3水曜)

インスタグラム:@takemiyagama

http://www.takemiyagama.co.jp


(取材・文・撮影/三星 舞)

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