熊本の窯元を巡り、そのつくり手をご紹介する「熊本、うつわ便り」。熊本の伝統的な焼きものについての知見を深めた10回目から引き続き、400年以上の歴史を持つ高田焼(八代焼)の流れを汲む窯元をご紹介します。

今回は八代郡氷川町で作陶する江上晋(しん)さんを訪ねました。江上さんは高田焼竜元窯の二代目です。伝統技法を継承しながらも試行を繰り返し、〝自分自身の表現〟を探り続けています。

祖父のアトリエが創作の原点 ものづくりへの追憶と憧憬

「午前10時、珈琲店ミックで」。江上さんとの待ち合わせは、1967年開店のジャズ喫茶にて。2008年の初個展以来、年の瀬に作品展を開催するのが恒例となっている場所だといいます。木製のドアをギィッと開いて店に入ると、背後から続々と人々が。迷うことなくコーヒーやモーニングセットをオーダーする様子から見て、どうやら常連客がほとんど。注文した品がテーブルに運ばれるまでの間、店内に展示された江上さんの作品を眺めています。ホリデームード満点の装飾も相まって、店内は穏やかであたたかな雰囲気。店の奥から現れた江上さんが「いい店でしょう」と微笑みます。

江上さんは八代市鏡町生まれ。父親の元(げん)さんは高田焼竜元窯を開いた陶芸家です。しかし「窯を継ぐよう父から言われたことは一度もありません」と江上さん。地元の高校を卒業し、熊本市内の大学へ進学。就職活動を始めるまで焼きものをしようと考えたことはなかったそうです。「父の工房は自宅と離れていたので作陶の様子を見たことがほとんどなく、土に親しんで育ったわけでもありません。しかし、自分のしたい仕事は何なんだろうと改めて考えてみたら、陶芸をするには最適な環境にいるんだと気が付きました」。

江上さんの祖父は、油絵を中心に多くの作品を残した画家・龍介さんです。「幼い頃に祖父のアトリエで遊ぶのが大好きだったことも思い出しました。油絵の匂い、コーヒーの香り、祖父が用意してくれていた甘いお菓子…。油絵の質感や彫塑の美しいシルエット、切り絵の造形など、心を動かされた記憶が蘇り、ものづくりっていいな、やってみたいな、と思えたんです」。

そこで、江上さんはアルバイトなどで資金を貯め、24歳で佐賀県立有田窯業大学校に入学。26歳で帰郷し、竜元窯で元さんとともにろくろを回し始めます。そんなある日、知人の個展を見るためにミックへ足を運んだところ、その方から「江上くんの初個展もここでしなっせ!」との一言が。店主の出水晃さんも交えてその場で開催時期も決まったことから、江上さんは昼は作陶、夜はガソリンスタンドでアルバイトと大忙しに。まだ作風が定まっていない時でしたが、とにかく手を動かそうと必死だったそうです。

初個展の来場者は八代からの方がほとんど。「高田焼を地元の誇りだと思っている方たちに見られると思うと、もうたじたじで(笑)。自分らしさを追求しながらも地元の方々に受け入れてもらえるようなものづくりをしよう、と心が定まりました」と当時を振り返ります。

伝統を分解して組み立て直す うねりながら探る自分の表現

長い歴史を持つ高田焼は、青磁象嵌を始めとするさまざまな技法や意匠が代々受け継がれています。江上さんは、これらの高田焼たるものを分解して組み立て直すことで新たな可能性を探ることができるのではと考えています。「釉薬、土、象嵌。この3つの軸で少しずつ変化をさせることで、今までにない高田焼の姿が見えてくるはず。古典に寄せたり、斬新な試みに挑戦したりして、自分の表現を探っていくつもりです」。

近年は従来の高田焼らしい表現に加え、白磁に釉薬を埋め込んで透明感とを出す高田焼には珍しい技法・白磁釉象嵌を用いた作品も展開。唐草模様にも雲海にも見える奥行きのある幻想的な美しさは、まじまじと見入ってしまうほどです。

焼きものを始めて20年。「自分は一体何がしたいのだろうと、いまだに迷い、悩み、苦しむ時もあります」と江上さん。象嵌技法は生地にかかる負担が大きいため、うまくできたと思ってもその翌日にヒビが入り落胆することも少なくないといいます。「それでもバチッと思い通りに仕上がる瞬間に喜びがある。どんなに苦しくても手を止めることはありません。見切り発車だとしても、手を動かすことで見つけられる何かがあるはず」。

陶芸は、良くも悪くも自分の一挙手一投足が作品に返ってくるもの。江上さんはそう考えています。普段の生活で目にする絵画、建築物、景色、その全てが作品を作るための養いとなる、と。ただし、影響を受けすぎないようにとの慎重さも見せます。「流行の作風を知ったり、人の良い作品を見ると心が動かされそうになることもありますが、高田焼の香りを消すことなく自分の作品だと胸を張れるものを探っていきたい」。時にうねりながらもあくまでも軸足はぶらさずに、必ず結果は出ると信じて力を尽くしています。

「私にとってミックでの展示会は、一年間頑張ったご褒美のような時間です。この幸福な時間のために、私は手を動かし続けているのかもしれません」。江上さんはそう言葉を結び、穏やかであたたかな空気の奥に立ち去っていきました。

■高田焼 竜元窯

場所:熊本県八代郡氷川町網道858-2

電話: 0965-52-1817

https://egamishin.jp


■展示会情報

第14回 熊本の炎と土物語~陶芸家七人展~

開催日時:2024年3月20日(水・祝)~26日(火)10時~19時

※金・土曜は~19時30分、最終日の26日(火)は17時閉場

場所:鶴屋百貨店 本館5階シーズンメッセージ(熊本県熊本市中央区手取本町6-1 5F)

問い合わせ先:096-327-3241(本館5階 陶器)


(取材・文・撮影/三星 舞)

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