古き良きふるさとを見つめ直したまちづくり。近年、その土地の歴史・風土を生かした「まちづくり」が多く見られるようになってきました。もちろん、ここ熊本市にも、多くの歴史的背景を持つ「まち」がたくさんあります。熊本らしさを感じる、新たなスポットとなりつつある「古き良きものを生かしたまちづくり」。地域の魅力を再発見し、生かす、魅力的なまちづくりについて、各地の仕掛け人たちに話を聞き、ご紹介していきます。

今回ご紹介するのは、古き良きまち並みが残る古町界隈で行われている、新たな町屋保全の取り組み「マドカイ」です。閉店した店舗の「ファサード(※)」をギャラリーとして活用しているということですが、それが町屋保全にどのようにつながっているのでしょう? 早速、取材してきました。

ファサード:建物の正面の部分

町屋保全のネックを解決! 貸し手も借り手も、みんなが嬉しいシステム

唐人町通りにある「マドカイ」のディスプレイ
唐人町通りにある「マドカイ」のディスプレイ

「マドカイ」は、町屋の利活用を考え生まれたシステムで、仕掛け人は、新町・古町界隈のまちづくりに取り組む「一般社団法人 KIMOIRIDON」。熊本市と行った城下町地区の歴史建造物の利活用に関わる実証実験の一つで、町屋利活用のネックを解決した画期的なアイデアでした。

「KIMOIRIDON」の河野さん、早川さん。建設中の町屋コワーキングスペースにて
「KIMOIRIDON」の河野さん、早川さん。建設中の町屋コワーキングスペースにて

「町屋は、表にお店部分、奥に住居部分というつくりになっており、出入口の問題など町屋を他人に貸すことはハードルが高かったのです」と「KIMOIRIDON」理事の河野修治さん。自営していた店舗を閉め、住まいとして活用しているため、シャッターは閉められたまま。これでは、せっかく町屋が並ぶ趣のある通りも、その魅力を発揮できなかったのです。

 「長年、町屋の利活用に携わってきた経験の中から、ファサードの軒先だけを活用することに注目しました。そこで生まれたのが、ショーウインドーのようにギャラリーの役割を持たせるというアイデア。これによって、他人が店内に入ることもなく、家主のプライベートやセキュリティも守られます」と河野さん。

かつて電器店だった町屋のファサードが、モダンに生まれ変わった事例
かつて電器店だった町屋のファサードが、モダンに生まれ変わった事例
「BARBAR大洋」のマドカイは、本物の町屋をそのまま活用
「BARBAR大洋」のマドカイは、本物の町屋をそのまま活用

河野さんたちが声をかけたのが、唐人町通りで電器店と理容店を営んでいた2軒。電器店は、熊本地震での被害が大きかったため、ファサードを全面改装。グレーを基調にしたモダンな雰囲気に生まれ変わりました。

一方、17年ほど前まで営業していた理容室「BARBAR大洋」は、町屋の趣を活かし、店名もそのまま残した貴重な建物です。「シャッターを下ろしたままの状態は気にはなっていたし、町に申し訳ない気持ちでした」と「BARBAR大洋」の家主は語ります。ただ、前述にもあったように、扉一枚、後ろは住まい…。「店舗として借りたいという話はありましたが、プライベートな空間に他人が入ってくるという状態を受け入れることができずそのままになっていました。お話を聞くと、無人で人の出入りがないシステムということで了承することに。KIMOIRIDONの方々が片付けなどを手伝ってくださり、本当にありがたかったです」と当時を振り返ります。

気に入った商品があったらQRコードでECサイトに入り商品を購入
気に入った商品があったらQRコードでECサイトに入り商品を購入

さらに、「マドカイ」の「買い」のアイデアは、店舗デザインやシステム構築などに携わった「白青社」の荒木信也さんから出されたもの。「軒先、つまり窓を活用した新しい出店システムにECサイトをつなげれば、気に入った商品をその場で買うことができます。これって、テナントだけでなくお客さんにとってもありがたいことです」と荒木さん。

「白青社」代表の荒木さん。「マドカイに関する問い合わせも全国から増え、マドカイで地域が元気になったらいいなって思っています」
「白青社」代表の荒木さん。「マドカイに関する問い合わせも全国から増え、マドカイで地域が元気になったらいいなって思っています」

実証実験が始まったのは、ちょうどコロナ禍。「マドカイ」の無人ショーウィンドーの展開は、時代にピッタリとハマったものでした。この実証実験は話題を生み、その後は、単に実験だけで終わらず、「KIMOIRIDON」が家主とテナントの間に入り、賃貸契約などを行うサブリース方式を採用して、現在も運営しているということです。

 最後に、荒木さんは「マドカイ」の可能性についてこう語ります。「今回、マドカイが成功したのは、何より『KIMOIRIDON』のみなさんと地域の方々の関係性があったから。これが大前提だと感じています。さらに、私自身、普段から店舗設計を手掛けている中、人手不足でオープンが延期になったり、モノづくりに携わる方がワンオペで接客ができなかいため販売に苦戦するというケースをよく目にします。そんな場合でも『マドカイ』を活用すれば、不可能が可能になることもあるということです。熊本での事例を皮切りに、全国のまちづくりが活性化することを願っています」

「マドカイ」から世界に繋がる。 2坪に秘めた無限の可能性

旬に合わせてディスプレイが変わるブティックのショーウィンドーは、眺めているだけで楽しいもの。「海外のファッション街は歩くだけでもワクワクするんです。『マドカイ』もその雰囲気に似てるなって思いました」。そう話すのは、2021年6月から「BARBAR大洋」の「マドカイ」を利用している「Onthebooks」(上通町)のオーナー・上田千春さん。

旅をテーマにファッションや生活アイテムを提案するセレクトショップ「Onthebooks」オーナーの上田千春さん
旅をテーマにファッションや生活アイテムを提案するセレクトショップ「Onthebooks」オーナーの上田千春さん

「お話をいただいた時は、ちょうどコロナ禍に突入した頃で、人を呼べないからそれまでやっていたようなイベントも出来ず…八方塞がりでした。何度も現地を拝見させていただき、私自身、街でしか仕事をしたことがなかったのですが、この通りの雰囲気がいいなって思って。町屋で商売する人は、地域を元気にしたいなど同じ想いの人が多いって感じたんです。それに、街に来ることが出来ない人にも、お店の商品を見ていただけるし、通りすがりの人にもワクワクして欲しい。『マドカイ』出店をキッカケに、コロナ禍で立ち止まっていたアレコレを半歩くらい進めればいいな、という思いでスタートしました」

お店を知らなかった新規顧客の獲得にもつながる可能性を秘めた「マドカイ」
お店を知らなかった新規顧客の獲得にもつながる可能性を秘めた「マドカイ」

始めてみると、「マドカイ」という珍しいワードと町屋の雰囲気の良さも重なり、予想以上の反響が。SNSに情報をアップすると、県外の旅行者や海外の人たちからのレスポンスがあったと言います。「海外の旅行者も増えていますし、SNSで『マドカイ』を知って、熊本を訪れるときに見に来ていただけたらと思っています。キッカケひとつで世界中がつながっているんだなって実感しています」と上田さん。ショーウインドーを楽しんでもらうため、月に1度ディスプレイを入れ替え、さまざまな提案を行っているそうです。

無人だからこそ、POPなどで伝える工夫を行っているそう
無人だからこそ、POPなどで伝える工夫を行っているそう

「家主さんがウインドーの照明の管理をしてくださったり、商品入れ替えの時にはお茶をご馳走になることも。地域の人たちともよくお話をするんです。とても良い関係性を築かせていただいていますよ」と話します。ご近所の人が、「これマドカイって言うのよ。知ってた?」と通行人に自慢するシーンもあったという話からも、地域に溶け込んでいるようです。さらに、22時ごろまで照明が付いていることで通りを明るく照らし、地域の防犯にも繋がるという嬉しい相乗効果も期待できるとか。良いこと尽くしです。

「BARBAR大洋」のサインを残したのは、「町屋の雰囲気を残したかったから」と上田さん
「BARBAR大洋」のサインを残したのは、「町屋の雰囲気を残したかったから」と上田さん

「今後は、熊本のクリエイターとのコラボもスタートしたいと思っています。このスペースをどう活用していくかワクワクしますね」と笑顔で語る上田さん。小さいスペースながら、「マドカイ」には無限の可能性が秘めているようです。


■ マドカイ/BARBAR大洋

住所:熊本市中央区呉服町1丁目

問合せ先(KIMOIRIDON):contact@kimoiridon.com

営業時間:24時間

休み:なし

URL:https://kimoiridon.com/contact/

駐車場はなし(近隣コインパーキングを利用)

 

(取材・文・撮影/今村ゆきこ)

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