熊本の窯元を巡り、そのつくり手をご紹介する「熊本、うつわ便り」。8回目は、菊池市に工房を構える『tourner』星野久美さんをご紹介します。
星野さんの器に、定番はありません。漆器のような潤いある濃色が美しい皿、彫刻のような肌感の鉢、さらりとマットなニュアンスカラーの蓋碗…。「作りたいものは常に変化し続けています」と星野さん。その背景には、さまざまなことにトライし、新しい知識を吸収し続けるライフスタイルがありました。
「陶芸を一生の仕事に」 音楽教師からの転身
「幼い頃から〝つくる〟ことが好きでした」。絵を描いたり、料理をしたり、裁縫をしたり。そう話す星野さんの前職は教師です。両親ともに教師の家庭に生まれ、県外の大学院で教育を学んだ後に帰郷。地元の中学校で音楽教師として働き始めました。「自分なりに試行錯誤をしながらの毎日で楽しかったし、教え子とは今でも交流があります。だけど、自ら強く望んだ道だとは言い切れなかった」。
星野さんの人生の転機は、28歳の時。母親の勧めで陶芸教室に通い始めたことがきっかけでした。「土に触れ、〝私がやりたかったことはこれかも〟とピンときたんです」。そこで星野さんは資金を含めた今後の計画を立て、両親を前にプレゼンテーション。教師を辞めて、陶芸家を目指すと宣言しました。星野さんいわく、それは「生まれて初めての反抗」。当然のように大反対するご両親を、「例え親子の縁を切られたとしても絶対に陶芸を諦めたくない」との強い思いで押し切ったそうです。
退職後は佐賀県立有田窯業大学校に入学して陶磁器の基本を学び、唐津焼「土平窯」の藤ノ木土平さんの元に弟子入りします。星野さんは当時を振り返り「学びと緊張が連続する日々。つらかったけど、宝物のような時間だった」と表現します。「陶芸の技術はもちろん、師弟関係の厳しさと温かさを教えてもらいました。私にとって藤ノ木先生は、今でも世界で一番怖い人(笑)」。
弟子入りから2年後、2002年に地元で開窯。「暮らしの中で使えるもの」を念頭に、唐津から取り寄せた土と自ら調合する釉薬で器やオブジェを焼いています。食器を作る際は料理を主役に考え、シンプルなデザインが基本。ただし、作風は固定させません。「年を重ねたり、ライフスタイルが変化することによって、作りたい料理が変わった経験がある方もいるはず。陶芸も同じで、作りたいものは常に変化し続けています」。
今制作しているのは、淡い黄色と緑色が混ざり合ったようなニュアンスカラーの器。さらりとしたマットな肌で、さまざまな料理を受け止めてくれそうなやわらかい印象です。
消費から創作へ 器の再生にも熱意
星野さんの幅広い作風には、プライベートの過ごし方も影響しているようです。韓国料理やフィンランドパン、中国茶、合気道など、さまざまなことに興味を持ち、教室に通って新しい知識や技術を吸収する日々。木や綿を使ったアートな絵本作りに取り組むことも。
一方、土と向き合う時は、ぶれない芯を持つことを心がけているそう。「楽しく作った器はお客様からすぐに選んでもらえるけれど、つらい気持ちで作ったものは不思議とずっと売れ残る。それに気づいてからは、前向きな気持ちで焼いたものだけをお客様にお渡ししたいと思うようになりました。自分を取り巻く環境から多少の影響を受けても、すぐに自分を取り戻して心を安定させるようにしています」。
星野さんにとって陶芸は「生きる上で大切なこと」と言います。釉薬を調合し、土をこね、形を作って、じっくりと焼いて…。時間も手間もかかるけれど、これまでの人生で考えてきたことや学んできたことを反映できる作業でもあると考えています。「私にとって陶芸は、消費とは異なる自分の使い方。自分の心と体を使って何かを生み出したい」。熊本地震をきっかけに金継ぎの技術を習得し、現在はアトリエで金継ぎ教室も主催。器の再生にも意欲的に取り組んでいます。
教師をしていた頃は、〝親に言われたから〟〝親が決めたから〟と何かにつけて自分に言い訳をしていたと星野さんは話します。「でも今は、自分で決めた道を、自分の責任で歩いています。悪い想像をして不安がるのは人生のむだだし、自分を苦しめるだけ。楽しい想像をして、やりたいことを実現させていく」ときっぱり。ポジティブなエネルギーを土に注ぐ星野さんが憧れるのは、オーストリア出身の陶芸家ルーシー・リーの生き方。「1995年に93歳で亡くなる数年前までろくろを挽き続けていた女性です。私もそんな風に生きたいと思っています」。
□問い合わせ先
tourner
住所:熊本県菊池市赤星1093
メール:kmhsn.59@gmail.com
ホームページ:https://tourner2002.com/
instagram:@tourner.work
(取材・文・フードコーディネート・撮影/三星 舞)
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