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熊本で育ち、全国・世界で活躍している人がいます。
熊本で暮らし、日々活動に励んでいる人がいます。
熊本を愛し、熊本のこれからを真剣に考えている人がいます。
彼らは何を思い、どんな日々を送っているのでしょうか。
そんな彼らと、彼らの目に映る熊本を紹介する『熊本の未来を担うクリエイター』。
第3回は、ハットメーカーKohsuke Inabaの稲葉光亮さんです。
「その人に似合う帽子が、必ずある」
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男女問わず楽しめるファッションアイテムであるハット。
昨今はハットをかぶる人も増えてきたといいます。
しかし、まだまだハットは一部のお洒落な人だけが被るもの、
普段使いしにくいものといった敷居の高いイメージがあるかもしれません。
「自分に似合う帽子というものは、どんな人にも必ずあると思います。
多くの人は、自分に似合う帽子をまだ見つけられていないのかもしれません。
サイズや髪型、顔の形などによって確立される似合う形を見つけられたら、
今以上にお洒落が、もしかしたら人生が楽しくなるかもしれませんよ」。
そう語るのは、熊本市を拠点に活動するハットメーカー・ハットデザイナーの稲葉光亮さん。
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一人ひとりの頭の大きさや形状に合わせてつくる「ビスポーク」(オーダーメイド)で、
アメリカのビンテージテイストをベースに、お客様に長く愛用されるようなハットを提案しています。

稲葉さん自ら取引交渉したアメリカの工場から直輸入する高品質なフェルトと
伝統的な道具・製法で手がけるハットは、美しい形状とクラシカルな雰囲気が特徴。
県外から帽子をオーダーするために稲葉さんを訪ねてくる方も少なくないそうです。
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ビスポークハットとの出会い
高校卒業後、東京で映像関係の仕事をしていた稲葉さん。
その傍ら、趣味で足繁く通ったのがアメリカでした。
20代前半には旅行ビザを取得し、バックパッカーとして数ヶ月滞在することも。
アメリカ国内のさまざまな州を旅し、見聞きするあらゆるものを吸収しました。
「昔からアメリカのファッションやカルチャー、自然に惹かれていました。
特にヴィンテージのものが好きで、洋服やメガネなどと一緒にハットもコレクションしていましたね」。
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そんな中、ロサンゼルスのとあるショップでビスポークのハットに出会います。
ギャラリーの奥にアトリエを構えたそのお店では、
お客の頭を測定し、フェルトやリボンをその場で一緒に選ぶ昔ながらの方法でハットを制作していました。
「こんなスタイルのお店があることを知らなかったので、衝撃を受けました。
1800年代からあるような老舗ブランドもかっこいいと思っていましたが、
職人さんが作るハットには、ヴィンテージハットっぽい中に新しさもあるんです。
さらにはカリフォルニアの垢抜けた雰囲気も感じられて、とても新鮮でした」。
当時の彼にとっては高い買い物でしたが、ビスポークのハットをつくったその日から、
稲葉さんのハットメーカーとしての人生が始まりました。
譲り受けた伝統的道具
すっかりビスポークハットの虜となった稲葉さんは、
その後もアメリカに渡りお店を巡っては、ハットやその製作工程を見てまわりました。
映像の仕事は続けながらも、頭の中は常にハットのことでいっぱい。
その魅力に取りつかれたまま、次第に手探りで製作を始めるようになります。
転機になったのは、モンタナにあるハットショップ「Rand’s Custom Hats」の出会い。
モンタナに行くたびお店に顔を出し熱意を伝えたことで、
オーナーのRitchからハットブロックと呼ばれる木型を譲ってもらえたのです。
それまではネットショッピングで少しずつ集めるほかなかったハットブロック。
このチャンスは大きな追い風となりました。
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「Ritchさんとの出会いがなければ、今の自分はいません。
秘密主義な職人さんも多い中、彼はとても気さくに技術や道具について教えてくれました。
ハットブロックを譲って欲しいと相談したところ、
お店で使っていないものを 30~40 個譲ってくれたんです。
日本にはなかなか卸してもらえないフェルトの老舗工場も紹介してもらえたことで、
仕事としての帽子作りの可能性が一気に広がるのを感じました」。
モンタナと阿蘇
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製作する際には、使用する道具や素材を全て見渡せるように広げて、
インスピレーションを得るという稲葉さん。
東京のマンションの一室では手狭になり、実家のある熊本にアトリエを構えました。
ハットの魅力のひとつである「土地に根付いたつくり」。
ふるさと熊本を拠点に活動する稲葉さんも、それを意識していると言います。
「たとえば、モンタナは自然豊かな土地に根付いたカウボーイハットテイスト、
ニューヨークは都会らしい洗練されたアーバンなスタイルというように、
各地さまざまな色があって奥深いんです。
私も熊本に根付くハットメーカーでありたいという気持ちはあります」。
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元から好きな土地であり、ハットメーカーの師匠もいるモンタナ。
第二の故郷ともいえるモンタナは、雄大な自然がそのまま残っています。
そしてそれらは、熊本・阿蘇と重なる部分があると感じるそう。
「山肌が見える、開けた山の感じがモンタナの広大な山々を彷彿とさせます。
人生で一番の思い出であるバックパッキング中に見た景色を思い出せる、好きな場所です。
県外の友人が遊びに来たときにも、必ず案内しています」。
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白川沿いのショールーム
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Kohsuke Inabaのショールームがあるのは、熊本市の中心地からほど近い水道町。
一級河川である白川沿いのビルの一室に、2018年オープンしました。
稲葉さんのセンスが光る洗練された空間で、
さまざまなデザイン・カラー・素材の中から、お気に入りを選んでオーダーする事ができます。

ご近所の雑貨店『vertigo』
稲葉さんのお気に入りスポットは、ショールームのすぐ近く。
川沿いを北に向かって歩くこと5分。
白川公園を通り過ぎたあたりに、少しレトロな佇まいの満月ビルが見えます。
その2階が、雑貨店「vertigo」。
ライターの顔も持つ店主・中村慎さんのこだわりの逸品が並ぶセレクトショップです。
毎月1〜2回、店主選りすぐりのクリエイターによるポップアップショップが開催されています。
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Kohsuke Inabaもそのうちのひとつ。今年7月に行われた展示会は、4度目を数えました。
今年の展示会では、夏の時期にぴったりなパナマハットが40点以上。
同じ形でもブリム(つば)の大きさやクラウン(天井部分)によって、印象が大きく変わります。
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パナマハットは、エクアドルの工場との共同製作。
2019年には現地まで足を運び、実際の製作現場を見て信頼がおける工場であることを自らの目で確認したといいます。
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Kohsuke Inabaのハットは、古典的なスタイルをスタイリッシュにアレンジしたもの。
シンプルでありながら洗練されたフォルムは、男女を問わずどんなファッションにもマッチします。
「使っていくうちに、その人の頭の形に変形したり日焼けしたりして馴染んできます。
経年変化もまた味になっていいですよ。深さや角度など被り方は人それぞれ。
被り慣れれば、その人の一部になってきます。
ハットは、見たことのない自分を引き出してくれるアイテム。
新しい自分に変身する気分で、もっともっと気軽に試していただきたいです」。
【稲葉光亮】
1986年生まれ、熊本県熊本市出身。
ビスポークのハットメーカー「Kohsuke Inaba」として
熊本のアトリエを拠点に、日本全国でも展示会・受注を行う。
Kohsuke Inaba ショールーム (※予約制)
住所:熊本市中央区水道町9-28 八木ビル302号
問い合わせ先:096-206-6618
MAIL:info@kohsukeinaba.com
Instagram:https://www.instagram.com/kohsukeinaba
【vertigo】
住所:熊本市中央区南千反畑町五満月ビル3F
問い合わせ先:096-288-3659
HP :https://www.mu-vertigo.com
Instagram:https://www.instagram.com/vertigo.shin
(取材・撮影・本文:清原薫子)
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