程よく空調が整えられた室内で、席に座ったらあたたかいおしぼりが出され、ドリンクのオーダーをたずねてくれる。トントン、じゅわ、パチパチ…料理を仕上げる音。しゅぽん、とくとく、…お酒をグラスに注ぐ音。お客さんの笑い声に、店主やスタッフさんたちの声も混じって。たくさんの”いい音”があふれる店内は、その店の、心地いい空気を感じるひととき。
温かいメニューは温かいまま、冷たいメニューは冷たいまま。そんな”当たり前”はとっても贅沢で、とっても楽しい。そして改めて実感するわけです。「外呑み、たまらん!」って。
ぼんやりと薄い膜に覆われていたような春の間に、テイクアウトのスムーズなやり方も、おうちごはんの腕もあがったけれど(多少は)。改めて、「外で呑む」という行為が、もう特別な体験の一つになっているということを感じずにはいられません。
すこし変わってしまった世界でも正しく酔い子でいるために。
コロナ禍のニュー・スタンダードとして愛したい上通り界隈の3件をご紹介します。
満たしましょう、ワイン欲! はじめてのバーで昼呑み
ふるい雑居ビルの2階を登ると、窓を大きく開け放した店内から、国道3号沿いのまぶしいグリーンが目に飛び込んできました。BGMは、荒井由実の「やさしさに包まれたなら」。
見事な秋晴れの日、完璧なシチュエーションで迎えてくれたのは、店主の八ツ波紘季(やつなみひろとき)さん。隠れ家バー「8 -otto-」(オットー)は、お昼13時からその扉を開けています。
「店名の由来は、“おっ“と驚くときについ出てしまう言葉から。店のつくりやスタイルもそうですが、いつも新鮮な驚きに満ちた場でありたいという願いを込めています。数字の「8」を頭に持ってきている理由は、日本の方なら“ハチ“、海外の方なら“エイト“やフランス語の“ユイット“など、なんと読んでもらってもかまいません。僕は「八ツ波」なので、もちろん“やっちゃんの店“でも!(笑)。店名ひとつとっても、固定概念にとらわれず、多角的に、柔軟に捉えていただけたらうれしいです」。
ふつうバーというと、すらりと横に伸びたカウンターをイメージしますが、「8 -otto-」に置かれるのは店中央にあるテーブルのみ。しかもこちら、縦1m20cm、横4mのビッグサイズ! この大きなテーブル(大工さんによる手作り)を囲み、お客さんはそれぞれの席でお酒と食事を嗜(たしな)むのです。この大胆な空間構成には、八ッ波さんの人生観があらわれていました。
「以前海外を旅した際に、現地の人から教えてもらった“人類みな兄弟“という思想が店づくりのヒントになりました。せっかく同じ空間を共にしているのだから、みんなで一緒に1本のワインを酌み交わせたらステキだねという思いを大事にしたくて。隣に座った人、目の前に座った人、そしてカウンターにいる僕がつながり、交わることで生まれるもの。そんなお酒の時間が、いい風を届けてくれる気がするんです」。
そんな「8 -otto-」のオープンは2020年4月8日。
コロナ禍真っただ中の開店となり、長らく飲食業で働く八ツ波さんでも、街からお客さんが消えてしまったこと、お客さんが店に来られないことの恐怖を初めて実感したといいます。
「いまは“コロナのおかげ”って思うようにしているんです。自粛期間中時間はたっぷりあったし、だし巻き卵をうまく巻けるようになったじゃん!ってね(笑)。そしてこんな時代だからこそ、自分自身、急かさずに落ち着いてワインと向き合えている気もするんですよ。もちろんここには愛のあるワインしか置いていませんし、昼には昼のワイン・夜には夜のワインを、命をかけてサーブしている自信はあります。でもここでお客さんに飲んでほしいのは、緊張感をもって飲むかしこまったワインではなく、”軽やかで、力がすっと抜けるような”ワインです」。
呑んべえが泣いて喜ぶ オトナなラーメン店
ひるのみ推進派としては、昼から楽しく呑める店の切り札なんて、「もうナンボでもあっていいですモンね…」ということで。
「8 -otto-」のワインでやさしさに包まれたあとは、その足で上乃裏エリアにある中華そば「SANYO(サンヨー)」へ。
上通(かみとおり)アーケード・並木坂の東側に広がる上乃裏エリアは、小さいけれど個性豊かなショップやこだわりの飲食店が立ち並ぶ人気エリアです。こちらは、お隣の鉄板焼きとナチュラルワインの店「KIJIYA」の姉妹店として2019年7月にオープンしました。「KIJIYA」ファンとしては早々にチェック済だったのですが、その際は、看板の”中華そば”をサクっといただいたのみ。今回は念願の外呑み特集ということで、お酒とおつまみが入るお腹のスペースも、大丈夫。ちゃーんと空けてます。
「ひとつひとつの食材にこだわったラーメン屋を目指した」と話すオーナー・池田英光(いけだえいこう)さんの、素材の目利きは、かくも厳しいもの。たとえば天草の大自然でじっくり育つホロホロ鶏や無薬飼料で大事に育てた大津のブランド豚肉・コーシンポーク、宮崎の黒岩土鶏、香川県のやまくにいりこ、和歌山の湯浅醤油…県内のみならず、遠方からも自然に近い環境で育てられる食材を取り寄せ、食材を組み合わせることで生まれる、新しい味との出合いを大切にした一杯を届けてくれるわけです。
その熱い想いは、一杯のラーメンにしっかり反映されていました。まずはビールで喉をしめらせて(サッポロの瓶ビールがお気に入り!)つるっと麺をいただくと、「あれ」。…衝撃でした。だって、なんだか、ますます美味しくなっているんです。
「味、変わってると思いますよ。変わらないようで変わってる(笑)。地道な調整を日々繰り返して、少しずつ進化できていると思います。天然の素材を重ね合わせてつくるうちのラーメンは、化学調味料不使用、温度帯で表情が変わるのも特徴です。食べはじめから終わりにかけて、どんどん旨みや味わいが変化していきますので、そのあたりも楽しんでいただきたいですね」。
メニューには“蒸し鶏のゴマダレサラダ”、“焼き餃子”、“ポテトサラダ“など気の利いたおつまみが用意されるので、ビール&ラーメンだけで帰っちゃうのはもったいない。セラーから選べるワインと一緒にあれこれ食べて、心で拍手喝采をおくりましょう。
幸せ度の高いおまかせコースで 艶っぽい和食を
明るいうちからナチュールワインと季節の惣菜、そして夕方に差しかかるころにビールに戻り、中華そば、中華のつまみ、からのワインおかわり…ときても、まだ満足できない自分が恐ろしい。
すべての店の心地よさに、まだまだ居座りたくなりますが、最終目的を果たすために立ち上がります! さて、いよいよ本日のメインディッシュ(ここ、つっこまないでほしい)へ。2020年3月に並木坂にオープンした「和食 ともき」を訪ねました。10代のうちから市場の鮮魚店や街なかの老舗和食店、京都などでも徹底的に和食の腕をみがいた店主の甲斐良一さんと奥さまのともこさんが迎えてくれる、アットホームな和食店です。
長年の修行ののち、やっと独立した矢先に直面したコロナ。「さすがに参りましたが、店の前で弁当販売をしたら、そこでお客さんが立ち止まってくれて。少しずつですが、うちの味をお届けできてうれしいです」。
謙虚な店主の得意料理は、魚料理。「ともき」のメニューには、産地が記された魚メニューが多彩に並びます。たとえば取材日は、熊本のサワラの塩焼き、揚げだし。長崎のカマスの炙り刺し、天ぷら、北海道のつぶ貝…その達筆なメニューを見ているだけで、すっかり参ってしまいました。
店を上通りに構えた理由は「通り独特の風情に惹かれたから」。なるほど、わたしが上通りの店を愛する理由と同じで、何だかうれしくなりました。「まずはこれを」と出してくれたのは、濃厚な香りが鼻腔をくすぐる”ヒレだし”。羅臼昆布ととらふぐの骨を焼いて煮出したという滋味深いだしを飲めば、心がみるみるほぐれて。続いていただいた「とらふぐの刺身」は、だし醤油で。寝かせることでねっとりとした厚みのある食感のふぐの、味に奥行きったらいったい。さらに続いたカニ、キンキ、鯖寿司…すべてがもう素晴らしく美しく、美味しい…。(早々に日本酒に手を伸ばしました)。
「おすすめは”おまかせ”コース。もちろん当日頼んでいただいてもOKです。内容は会話をしながら、お客さんに合ったものをお出ししていきます。自分が酒好きなんで、酒と一緒に食べたい料理ってのが基本ですかね(笑)」。
…まさかのフリースタイル。これも一朝一夕ではできない、時を重ねることでしか生まれないスタイルなのだと思います。
気がつけば一杯、そしてまた一杯と盃が空いていくこと間違いなし。話した分だけその店との距離が近くなった気がするし、好奇心も満たされる。これこそが、外呑みに身を委ねるというこの上ない贅沢な瞬間なのです。
和食 ともき
096-273-6274
熊本市中央区上通町11-3 浅井ビル1F
https://www.facebook.com/%E5%92%8C%E9%A3%9F-%E3%81%A8%E3%82%82%E3%81%8D-105446097732503
(構成・取材・文・撮影/福永あずさ)
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