熊本は、陶芸と強い結びつきがある土地です。陶郷として350年超の歴史を持ち、平賀源内が「天下無双の上品」と評した天草陶石の産地でもあります。そんな熊本の窯元を巡り、そのつくり手をご紹介する不定期連載「熊本、うつわ便り」。とはいえ、専門的なお話しは控えめに。陶芸の道に進んだ経緯や、創作への思い、自作の器の日常での使い方などについて、作家にインタビューします。第1回目は、八代市の水谷和音さん。やわらかい印象の奥に凛とした強さを持つ磁器の作り手です。
“やさぐれ期”を経て陶芸家に 運命を決めた2人との出合い
ぬくぬくとした太陽の光に包まれた、白と木を基調とした空間。工房で出迎えてくれた水谷和音さんのふにゃっとした透明感のある笑顔を見た瞬間、水谷さんの代表作である輪花皿が浮かびました。愛らしいけれど、気取っていない。きちんとしているけれど、どこか肩の力が抜けている。水谷さんの輪花皿は、手に取るたびにそんな印象を受けるのです。あぁそうか、器はつくり手に似るのかもしれないな。ふと、そう思いました。
水谷さんは1988年、八代市生まれ。幼い頃からものづくりが好きで、特に工芸とガラスに興味を持っていたことから大分県立芸術短期大学へ進学しました。陶芸を専攻したのは「若いうちに学んだ方が上達が早いかも」という理由で、当時は陶芸家を志していたわけではないというから意外です。
水谷さんは「だから、大学時代は学校よりも温泉に通う時間の方が長かったかも…」と苦笑い。何だかんだで卒業後は陶芸家を目指すことを決心して窯元を巡るものの、熱心な温泉通いがたたってか就業先がなかなか見つからずに「やさぐれ期を過ごました」と話します。そんな状況を打破すべく、訪ねたのが合志市の和食器屋「うつわ屋Living&Tableware」。オーナーの小山愛陽さんに自作の器を見せて意見を請うことにしたのです。すると小山さんは「こ…これは…!」と言葉を失うのでした。「それは良くない意味の絶句。私は基本的な技術が身についていないのだと、その時にはっきりと自覚しました」。
小山さんは「プロの元できちんと学び直した方がいい」と、天草で「朝虹窯」を構える余宮隆さんを修行先として紹介します。しかし、余宮さんは全国にファンを持つ超有名陶芸家です。師事を仰ぐ水谷さんに余宮さんはやんわりと断りの意思を伝えました。ところが、言葉のすれ違いで合格と思い込んだ水谷さんが、「勝手に弟子入り」。事の真相はのちに判明し、「余宮さんはさぞかし困惑していたことでしょう」と水谷さんは遠い目で振り返ります。奇妙な始まりではありましたが、こうして3年間の修行がスタート。余宮さんから技術だけでなく土との向き合い方も学んだことが、水谷さんの陶芸家人生の礎となったのでした。そして2015年、独立して地元で開窯の運びとなりました。「小山さんと余宮さんとの出合いがなければ、陶芸家としての私はなかったと思います」。水谷さんはそうはっきりと断言します。
一生、陶芸を続けていく こつこつと、ひたむきに
もともと、初期の伊万里焼に見られる〝未完の美〟が好みという水谷さん。進化する途上の手探りの美しさに味わいを感じるそうです。しかし、余宮さんの元での3年間の修行期間終了を前に〝自分の器〟を考えた時、水谷さんが第一条件にしたのは「売り続けることができるもの」。それはつまり、一生を通じて陶芸を続けていくための必須条件でもありました。
そこで誕生したのが、今や代表作となった輪花皿です。輪花は、器の口縁分に切り込みを入れて、花弁のような形状に仕立てる技法の一つ。リム部分にはヘラなどで稜線を削り入れる鎬(しのぎ)という技法を用いて華やかさを演出しています。磁器ならではの凛とした芯の強さがありながらも、やわらかく、あたたかい印象を受ける器です。
器の主原料は天草陶石。釉薬は灰釉と瑠璃釉で、灰釉は乳白色に、瑠璃釉は光の加減で青緑色とも黒色にも取れるニュアンスカラーに焼き上がります。現在は輪花皿のバリエーションのほか、チューリップの花のような「花ボウル 」シリーズ、小皿なども制作中。やわらかく、あたたかい印象はすべての器に共通しており、そこが水谷さんの穏やかな人柄と通じているようです。
器づくりで大切にしているのは、「自分で使いたいと思えること」と水谷さん。そのため、使い勝手の良さを重要視しており、完成したら実際に食卓で使ってみるそうです。マグカップの飲み口の感触や、料理を盛った時の余白、使用後の洗いやすさ…。だから、工房のシンクや食器棚には自作の器がずらり! 「花ボウルの小サイズは朝のヨーグルトを入れます。中サイズはスープやグラノーラ、大サイズは即席ラーメンにぴったりの容量でした!」と茶目っ気たっぷりに教えてくれます。
今、水谷さんの作品は九州内だけでなく東京や大阪のギャラリーでも取り扱われており、酒造メーカーのCM撮影に用いられるほど。売れっ子陶芸家となり、さぞや制作に追われる日々を送っているのだろうと思いきや、水谷さんは首を横に振ります。「仕事は9時から18時までと決めています。正午には昼食を食べて、眠ければお昼寝もしちゃいます。規則正しく、心と体に無理のない生活が、長く陶芸を続けていくために重要だと考えているからです」。やるべきことを淡々と、気負いなく積み重ねていく…。愛らしいけれど、気取っていない。きちんとしているけれど、どこか肩の力が抜けている。そんな水谷さんの器の芯に触れたような気がしました。
使ってみました!
水谷さんの作品にスイーツやおかずをのせてみました。灰釉の器は盛る料理の色を選ばず、いい意味で主張がありません。また、鎬が施されたリムは、料理の存在感を引き立ててくれます。木のカトラリーや盆とも相性が良く、手持ちの陶器ともすんなりなじみました。
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